はつひのでです。
今しがたノートにいろいろ書きつけて自己内観していたのですが、重要なことに気がついたのでメモしておきます。
それは、
「私は重度の差別主義者。他人のことを勝手に比較して優劣をつけて、価値がないとか面白くないとか思って差別する人間だ。」
ということ。
少し言葉がきついですが。。
差別といっても、人種差別など社会的に大きな問題となっているような差別に積極的に加担しているわけではなく、
自分なりに他人をジャッジする基準があり、それに外れた人を内心こっそり見下すような感じです。
(もちろんそれを理由に他人を攻撃したことはないです)
他人をジャッジする基準は、
・頭がいい
・高学歴またはそれに準じる頭脳
・仕事ができる
・結果を出している
・内面に深みがある
・配慮ができる
・自己主張ができる
・ある種の鋭さがある
・視野が広い
・寛容
・見た目がいい、もしくは華がある
・あまり動揺しない
・本音を言っても大丈夫な人
・性別は問わないが異性だとなお良い
といった感じです。
別枠で、
・自己主張ができる素直な子ども
も好きだったりしますが。
(幼児性愛者とかでは一切ないですよ!)
これは私が友達になりたい人の条件でもあります。
「こういう人と仲良くなりたいな~」と思って条件をリストアップするだけならいいのですが、
私の問題はそのリストから外れた人のことを
「面白くない、どうでもいい、価値がない」
と無意識に思ってしまっていたことです。
我ながらめちゃくちゃ恥ずかしい…。
で、なんで今までこのことに気づかなかったかというと、
そもそも私はそうやって他人を勝手に比較して優劣をつける人間が大っ嫌いだったからです。
これは学生時代に2年間クラスで孤立して軽いいじめを受けてた経験が大きいと思っていて。
自分が「面白くないやつ」とか「暗いやつ」とか他人に勝手にジャッジをされて、理不尽な目に遭ってめちゃくちゃ苦しんできたので、
「私は絶対にあいつらみたいにはならない!他人を勝手に比較して優劣つけて差別するようなクズにはならない!」
と決意していたまであるのです。
で、実際に私はそうならないように気をつけてきました。
悪口を言わないこと、
攻撃をしないこと、
人が大事にしていることをむやみに否定しないこと、
誰にでも優しい態度をとること、
はかなり意識していましたし
それができていない人を見ると苛立ちを感じていました。
…それが盲点になっていたんですね。
自分の中にも、あの人たちと同じような差別的な思考があって、
態度に出さないよう気をつけていたけれど
私だって無意識のうちに他人をジャッジしまくっていた。
もしかしたら、相手も無意識のうちにそれに気づいていたかもしれない。
認めたくなかったけれど、差別をしてしまう所も私の一部だったんです。
よく、「嫌いな人の嫌いな部分は自分が自分を嫌っている部分だ」的な話を聞きますが、まさにその通りですね。。
まあ、これに気づいて認めたからといって、
「よーし!これからは積極的に差別していくぞー!」
とはもちろんなりません。
やっぱりそれは私の美学に反するからです。
そういう醜いところも私の一部なんだなーと淡々と受け入れつつ、人に優しくすることは続けていきたいなと思います。
というか、そういう差別的な思考を認めてしまった方が、かえって人をフラットに見れるのではないかとも思います。
(差別しちゃだめだー!と押さえつけると、逆にそれがいつまでも消化されずに残ってしまうので)
でも、それをあからさまに表に出すのは嫌なのでやらないよう気をつけます。
というわけで、自己内観での気付きの話でした。(自戒と反省を込めて…)
それでは!