前回の記事(「罰」という感覚)を書いてて、
なぜ私がああいう漫画を描きたいのか、さらに納得がいきました。
あの漫画には、大まかにこんな流れがあるんです。↓
強大なエネルギーを持つ主人公が、それを抑制し続けることに耐えられず暴力的な形で発散してしまう。
↓
それによってたくさんの人が傷つき、主人公の味方はいなくなるように見える。(元からそんなにいなかったけど)
↓
でも、ただ一人だけは主人公のことを理解し、暴力的なやり方は否定しつつも主人公に寄り添い絶対に見捨てない。
↓
主人公は救われ、強大な力を適切に使うようになる
と、こんな感じで。
私は他にもいくつか描きたい話があるのですが、それらもよく見ると上記の流れに沿っています。
そしてそれは私の本当の望みなんですね。
前回の記事では、
「今は自分のエネルギーを押さえつけているけれど、もしそれを解放してしまったら家族に見捨てられるかもしれない。自分を適切に扱える人間なんてそうそういないだろうし、本当に孤立してしまう。」
という強烈な見捨てられ不安があることを書きました。
そんな私にとって、漫画の中で「主人公が、人を傷つける程のエネルギーの強さを受け入れられて救われる」姿はまさに理想であり、喉から手が出るほど欲しいものなのです。
そりゃあ描きたくなるよね…!!
こんな話を描きたくなるのは、自分が幼稚で自己中で倫理観に欠けているからだと思っていましたが、それだけではないんですね。
私の生い立ちを考えれば、こういう漫画を描きたくなるのも自然な流れですし、いじらしいとすら感じられます。
そんなことを考えていると、タロットカードの中のある一枚が思い浮かびました。
大アルカナの「力」というカードです。
このカードには、柔和な表情の女性が獰猛なはずのライオンを優しく撫で、ライオンも女性に懐いている様子が描かれています。
その様子は「厳しさだけではなく愛情をもって本能(ライオン)を適切にコントロールし、目標へと進んでいく」ことを象徴しているのです。
まさに今の私が求める姿じゃないか…!
と思いました。ライオンは私のエネルギーそのものです。
ライオンを優しくコントロールする女性も必要ですが、私はそこが弱い感じがしますね。
私はどちらかというとライオンを監禁したり虐待してきた方なので(笑)。
自分に愛情を向けることについては、数年前から意識していて以前と比べれば格段にできるようになってはいるのですが、やっぱりまだ苦手意識がありますねー。
これからそこも伸ばしていければいいのかなと思います。
(「自分に愛情を与えて何になるの?」みたいな思いこみがあるのも事実です。これも重要なポイントな気がします…。また記事にするかも。)
それでは、今回はここまでです。
また次の記事でお会いしましょう♪